第2章 5-2 ホスピタリティの原点

1960年代は、わが国のホテルにとって新しい出発の時期であった。
1964 (昭和39)年に開催された東京オリンピックはスポーツの祭典として、全世界から多くの人々が東京を中心に集まり、戦後復興を成し遂げた日本を知ってもらう機会となったが、同時に外貨獲得のチャンスにもなった。
東京オリンピックの開催に当たっては、多くの競技者、大会関係者、観光客、そしてビジネス客を海外から迎えることになり、まず、それらの人々が宿泊するための施設作りから始めなければならなかった。
そこで、政府は国際的に通用する宿泊施設の建設を積極的に推進した。
当時すでに国際的な地位を確保していた帝国ホテルに加えて、建設されたのがパレス・ホテル、東京ヒルトン・ホテル、ホテル・ニューオータニなどの大型国際ホテルであった。
これら外国人の宿泊を中心に経営を図るホテルでは、サービスに従事する従業員教育の柱は、ホスピタリティという考え方であった。
すでに海外のホテルでは、このホスピタリティの重要性は、当然のこととして取り入れられており、ホテルなどのサービス産業は、ホスピタリティ・インダストリーと呼ばれていた。
この時代のホテル・マン教育として、「人間は生まれも育ちもそれぞれが全く異なる。
世界のあらゆる国の顧客を満足させるには、それぞれの国の民族性や宗教などをよく理解し、生まれ育った環境が異なれば生活習慣が異なることを学び、アメリカ人に対しては、アメリカ人が喜ぶサービスをし、フランス人にはフランス人が満足するようなサービスを行うことが、本当のホスピタリティである」ということが教えられていた。
あらゆる産業で、その経営においては、 「企業は人なり」といわれているが、とくにホスピタリティ産業であるホテルは、顧客が満足するサービスを提供する「心」を持った「人」こそが、その企業にとって一番重要な財産である。
したがって、ホテル産業にとって「ホスピタリティなくして顧客満足なし」といわれ、ホスピタリティ精神のある従業員を多く育て、持つことが要求されているのである。
ホテルは、 「ハード・ウエアが50%、ソフト・ウエアが50%」といわれている。
さらに最近ではハード・ウエアが優れていることは装置産業であるなら当然のことであり、セキュリティ(security二安全)やクレンリネス(cleanliness=清潔)といった付加価値がついだいわゆる「快適さ」を要求されるようになってきた。
「快適さ」を追求すると「ホテルの格」を決定する基準として、ソフト・ウエアである人的サービスのよいか悪いかを問題とされる。
しかも顧客が求めている真のサービスとは、画一的なマニュアルによるサービスではなくで、それを超えた真心のこもったホスピタリティのあるサービスを求められているのである。

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